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アルブル通信・感動エッセイ 2019年

2019年2月号「人生のすべては、時間の利用の仕方次第で決まる」

あなたは毎日24時間で生活するしかない。
24時間の中で、健康も楽しみも、金も満足も尊敬も得ていかなければならない。
また、その中で不滅の魂の向上させていかなければならない。
 時間を正しく用いること、最も効果的に利用すること、これこそ最も差し迫った切実な問題である。
人生のすべては、この時間の仕方次第で決まるのだ。
 幸福――誰もが到達しようとしてなかなか到達できない
 あの目標――も、ここにかかっている。


 進取の精神に富み、時流の先端をいっているはずの新聞が、「一定の収入でいかに暮らすか」という記事は満載しているのに、「一定の時間でいかに暮らすか」という記事を載せないのは、一体どうしたわけだろう。
 金というのは、時間よりもはるかにありふれたものだ。
胸に手を当てて考えてみれば、金こそ最もありふれたものであることに思い当たる。
 人はある金額の収入で家計がやりくりできなければ、もう少し余計に稼ごうとする。
年に1000ポンドではやりくりできないからといって、必ずしも人生を無為に過ごしてしまうわけではない。
もうひとふんばりして、何ギニーかを稼ぎだし、それで家計の帳尻を合わせようとするだろう。
 しかし、「1日24時間という収入で、必要な時間をすべてまかなうことができない」となると、なぜか人は人生を無駄に過ごしてしまう。
 時間は寸分の狂いもなく確実に与えられるが、その量は冷酷までに限定されているのである。

 われわれの中の誰が、1日24時間で充分に生きていけるだろうか?
 ここで私が言う「生きる」とは、単に生存しているとか、「何となくどうにか暮らす」といったことではない。

 また、「毎日の台所事情が、しかるべくうまくいっていない」というイライラから解放されている者がいるだろうか。
上等の背広にみすぼらしい帽子をかぶっていることや、器にばかり気を配って中身の食べ物のことはすっかり忘れてしまっていることに本当に気づいている者がいるだろうか。
 次のように自分に言いつづけない者、言ったことのない者がいるだろうか?
「もし少し時間ができたら、あれを変えてみよう」と。
 しかし、もっと時間ができるわけなどない。
われわれには今あるだけの時間しかなく、それはいつだって変わらないのだ。

 この含畜のあるあまり顧みられることのない事実に気づいたからこそ(気づいたのは最近のことであるが)、私は日々の時間の使い方を仔細に検討してみようという気になったのである。


「自分の時間」
渡部 昇一 著
《アルブル部》金野 智 選

2019年2月号「人生のすべては、時間の利用の仕方次第で決まる」