修理ができる地元のリフォーム店 ナカノヤ

アルブル通信・感動エッセイ 2018年

2018年6月号 「見知らぬおじさん」

「見知らぬおじさん」

 私には妻がいたが、一人娘が1歳と2ケ月のときに離婚することになった。
 酒癖の悪かった私は暴力を振るうこともあり、幼い娘に危害がおよぶことを恐れた妻が子供を守るために選んだ道だった。

 私は自分がしてしまったことを心の底から悔やんでいる。そして今では付き合いといえども酒は一滴も飲まないことにしている。
 もちろんだからといって「よりを戻してくれ」なんて言うつもりもないし、言える立場でもないことはわかっている。
 ただ元妻と娘には本当に幸せになってほしいと思う。その気持ちに嘘はなかった。

 離婚するとき、私は妻との2つの約束をした。ひとつは年に一度、娘の誕生日だけは会いにきてもいいということ。もうひとつは、そのときに自分が父親であるという事実を娘には明かさないでほしいということ。
 自分が父親だということを言えない。それは私にとってつらい決まり事ではあったが、娘にとってはそれが最良の選択であることもわかっている。年に一度、娘の誕生日を一緒に祝えるだけでも感謝しないといけない。

 それ以来、娘の誕生日にはプレゼントを買い、ふだん着ないスーツを着て母子に会いにいった。
 元妻は私のことを「遠い親戚のおじさん」と紹介した。娘も冗談なのかなんなのか私のことを「見知らぬおじさん」と呼んだ。
 娘は人見知りだったが、少しずつ打ち解けていって、元妻と3人で近所の公園へ遊びに行くこともできた。まわりから見れば仲睦まじい家族に見えていたかもしれない。
 それは私にとって、なににも替えがたいほど幸せな時間だった。これが平凡ならば、どれほど素晴らしいことだろうか。
 年に一度のこの日のことを思うだけで、酒を遠ざけることができた。

 だが長くは続かなかった。娘が小学校にあがる年のことだ。
 例年通り私がスーツを着てプレゼントを持って母子のもとを訪れると、元妻から「もう会いに来るのは最後にしてほしい」と言われた。

 そろそろいろんなことを理解してしまう年頃だからと。
 それが理由だと言う。
 私にはわかっていた。
 新しいことがはじまろうとしているのだ。
 娘にもやがて一緒に誕生日を祝う同級生ができるだろう。
 元妻は、再婚を考えているかもしれない。
 そんなところに〝見知らぬおじさん″がいてはいけない。

 私だけが過去の中にいた。
 年に一度、家族のような時間を繰り返せば、いつかふたりが私を「お父さん」と呼んでくれる日が来るかもしれないと、そう本気で信じていた私は愚かだった。
 どれほど切実に願っても一度壊れてしまったものは元に戻らない。
 これが現実かと思い知った。
「あ、見知らぬおじさんだ! 今日は遊びにいかないの?」
「今日はね、おじさんもう行かなきゃいけないんだ」
「なんだ、ざんねん!」
 母子にとってはそれが一番の選択なのだ。
「ごめんね。元気でね」私は力一杯目をつぶり、手を振る幼い娘の姿をまぶたの裏に焼き付けた。
「ばいばい!」それ以来、母子と会うことはなくなった。

      *

 だが娘の誕生日だけはどうしても忘れられず、毎年プレゼントだけを贈り続けた。筆箱や本といったささやかな物を、差出人の欄にはなにも書かずに送った。
 それを元妻が娘に渡してくれていたかどうかはわからない。ただ「娘の誕生日を祝う」という行為だけが小さな楽しみになっていたのだ。

 それも、娘が中学生になる年にはやめようと決めていた。
 娘からすれば私は知らないおじさん、こうしてずっとプレゼントが届いても迷惑だろう。
 娘には新しい未来がある。私も別の道を歩まなければいけない。
 ただ娘の幸せだけを願い、英語の辞書を送って最後にすることにした。

 それから1ヶ月ほど経ったある日、私のアパートに郵便物が届いた。

 差出人の欄にはなにも書かれていない。

 小さな箱を開けてみると、中から出てきたのは水色のネクタイピンとメッセージカード。メッセージカードを開くと、そこには初めて見る可愛らしい文字が並んでいた。

〈いつも素敵な誕生日プレゼントをありがとう。
 私もお返しをしようと思ったのだけど誕生日がわからなかったので(汗)
 今日送ることにしました! 気に入るかなあ・・・・・・見知らぬこどもより〉

 その瞬間はっとした。

 その日は、父の日たっだ。



この世で一番大切な日
十川 ゆかり 著
《工事部》 磯貝 春江 選

2018年6月号 「見知らぬおじさん」