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アルブル通信・感動エッセイ 2018年

2018年5月号 「母との最後のおしゃべり」

「母との最後のおしゃべり」

 昨日は母と最後のおしゃべりをした。
 七十二歳の母は二か月前、咽頭がんの告知を受け、喉にできたポリープを切除した。しかしそれだけでは完治に至らず、声帯と喉ぼとけをすべて切除することになった。手術日の前々日、「これからはしばらくおいしいものが食べられないから、好きなだけ食べてきなさい」と担当医に言われ、自宅に外泊で戻ったのだった。この日が母との最後のおしゃべりになるとは家族の誰ひとり言わなかったが、昼間から自然と家族でテーブルを囲むことになった。「で、おいしいものは食べた?」と訊くと、母は「いつもと一緒。そんなこと言われて急にぜいたくしたらお腹を壊しますよ」と痛々しいかすれた声で言った。ポリープと一緒に声帯も少しばかり切除したので普通の声は出せないのだ。

 隣に座っていた八十二歳の父は、テレビでゴルフの試合を観ると言って、途中で自分の部屋に戻ってしまった。その時の父の後ろ姿がさみしげで小さく見えた。母の病気が余程ショックだったようだ。今まで見たことがない父のよわよわしい背中があった。
 おしゃべりは楽しかった。母は自分の半生を振り返り、あれこれと楽しそうに話した。亡くなった祖母が若い頃、とてもきれいで男にもて過ぎて困ったこと、父とはじめて会った日のこと、子どもが生まれる前に飼っていた犬のこと、僕ら子供を預けて夫婦で出かけた旅行のことなど、これまで知らなかった驚くようなことが多く、思わず身を乗り出して聞いた。母と言うよりもひとりの女性の物語として聞いていてともて面白かった。

 僕の知っている限り母は病気知らずだった。風邪で寝込んだこともなく、それこそ七十二歳まで入院などしたこともなかった。
 とにかくいつも元気な人だった。五十歳からはじめたレッスンのおかげで、歌はめきめきと上達し、カラオケ大会に出場すれば賞金を持ち帰るようになった。優勝は数知れず、しまいにはあまりに上手すぎるために出場もできなくなってしまった。
 小さな頃から母の夢は歌手になることだった。六十歳の時には念願のCDを自主制作し、母は自分の夢を叶えた。
「昨日の夜、寝ながら自分の歌を録音したテープを聞いていたら、さすがに涙が出たわ。もう唄へないかと思うとね・・・・・・」と目をこすった。実はこの時、僕は母が涙する姿を生まれて初めて見た。なにがあろうと泣かない人だった。母はタオルを両目にあてて声を出して思い切り泣いた。これほど歌が好きだった人が、声を出せなくなるなんてどんだけつらいのだろうと思うと僕も泣けて仕方がなかった。

「でもね、わたくしはたくさんの人にさんざん自分の歌を聴いてもらったからもういいの。だけど、自分で言うのは可笑しいかれど、わたしは歌が上手いなあ、とテープを聴いて心底思ったわよ。いいの、これからは心の中で唄うから・・・・・・」と微笑みながら涙を拭いた。
「それでね、あなた」と、母は急に僕の目をじっと見つめた。
「あなた、調子に乗って外に女を作ったらだめよ。なにがあろうと、とにかく外に女は作らないこと」
 こんなふうに母は僕に説教をはじめた。
「ね、わかってる?まじめな話よ」と言って、僕の太ももをパシッパシッと叩くからたまらない。「それと、仕事をしていると必ず近しい人の裏切りがあるけれど、それも注意。裏切られても大丈夫なようにいつも先手を打っておくこと。で、裏切りは決して責めないこと。裏切られたくらいでじたばたしてはだめ。わかった?」と言って、また太ももをパシッパシッと叩いた。「このふたつを肝に銘じて頑張ることよ」。そう言った母は乾いた喉を潤すようにしてお茶を飲んだ。もう言い残すことはないというような清々しい表情をしていた。

 息子への最後の説教が、決して浮気をしないことと、人の裏切りは受け止めろ、のふたつかと思ったら可笑しくなった。ということは、母はふたつのことで苦しんだのだろうか。きっとそうかもしれない。
「今は笑っているかもしれないこれど、いつかきっとわたしの言葉を思い出すことがあるんだから・・・・・・」
 母はそっぽをむいてつぶやき、「もう遅いから帰っていいよ」と言って、自分勝手におしゃべりを終えた。

 変える間際、母は「もう大丈夫。ありがとう」と言って背中に手を当てた。僕は励ますつもりが励まされたような気分になってしまった。
「わたしはやりたいことがまだまだたくさんあるから忙しいのよ。だから早く治すわ」
 母はそう言って「じゃあね、バイバイ」と手を振った。

 母との最後のおしゃべりは、笑わされたような、叱られたような、泣かれたようなひとときだった。とても心配をしていたけれど気持ちはやすらいだ。楽しかった。
 この原稿を書いている今、母は病院で五時間を予定している手術を受けている。
「まな板を上に乗った鯉のつもりになるわ」と言った母の笑顔が目に浮かんで離れない。

さよならは小さい声で
松浦 弥太郎 著
《工事部》 田中 和美 選

2018年5月号 「母との最後のおしゃべり」