イメージイラスト 感動エッセイ
心に残るいい話
イメージイラスト アルブル通信
2011年 12月号

株式会社ナカノヤ


日本人はなぜ逃げないのか

 被災者のルポルタージュなどは続いていたものの、原発事故が起きてからは、話題はおおかた原発に移ってしまった。このあたりから私は、いろいろな人に「なぜ逃げないのか」とあちこちで質問される羽目になった。
フランスは、「世界じゅうの国のなかで、政府主導で真っ先に日本から逃げた国」という金メダルの受賞者である。3月16日、英国大使館が仙台領事館から東京への無料バスを用意したとき、フランス政府はエールフランス特別機を飛ばして自民国を日本から非難させると発表したのだった。この話を身近なフランス人たちにすると、「フランス人は逃げ足が速いので有名なんだ」という自慢(?)が返ってきた。

そんなフランス人から見たら、原発が危険で爆発までしているのに、日本人が危ないと言われるところからすら逃げない理由がさっぱりわからないらしい。筆者は美容院で、「日本人はパニックも起こさずすばらしい人たちね」と褒められたあと、「でもなぜ逃げないの」と聞かれ、「私だったらいかに逃げて生き延びてみせるか」という美容師の演説を、シャンプーのために動かせない顔の真上から聞かされてしまった。
友人に真顔で「なぜ逃げないのか」と正面切って聞かれたときには、なんと答えるべきかたいへん困った。私は正攻法で答えた。「日本は自然災害が起こる国なの。地震、津波、台風、火山の噴火。前のを忘れたころに次のがやってくる。でも島国だから逃げるという考えがない。それに、大災害は終始起こるわけじゃないし、がんばれば再建できないほどではない。努力すれば復興できる。普段の日本の自然は、とても優しく繊細で美しい。日本では米を“育てる”と言う。まじめに努力しさえすれば、ちゃんと育つ。逆に、インドシナでは米が育つのを“眺める”と言う。何もしなくても勝手に育ってしまうから、ある意味怠け者になる。そういう自然と地理が、日本人の性質を育んで来たのよ。『移り変わらないものはない』というのは、1000年以上続く日本文学の神髄であり、いまでもそういう考えが国民の根底にあるの」。

相手は「本当にフランス人と違うなあ。外国の考えだ」と言っていた。
3月15日付けの『Le Monde(ル・モンド)』紙は、ほぼ1ページを使って『東京、脱出の誘惑』というタイトルの記事を掲載した。東京特派員がフランス人の「なぜ逃げない?」という疑問に答えているようであった。
フランス人が次から次へと脱出している模様を伝えたあと、「一方で日本人の感情は複雑だ。情報不足にあきらめの境地が加わっている」としている。次に日本人の声として「心配だし、政府の声明が何を言っているかわからない。政府は人々のパニックを引き起こしたくないのだと思うけど、でも…」「逃げるかどうか決めていない。原発問題はとても心配だけれども、決められないでいる」と紹介。特派員は言う。「日本人は決めかねているように見える。しかし一般には逃げることを躊躇しているようだ」。さらに、日本人の声を続ける。「私は逃げない。たしかに怖いけど、原発では人々を助けようと働いている人がいる。彼らにだって家族がいるんだ。すごく不安ななかでがんばっているんだ。それなのに逃げるなんて、不公平だ。そんなことをしたらパニックが生じる。それはもっとも悪い状態だ」「仕事があるし、続けたい。原発については始まったばかりでまだ情報がない」。
特派員は分析する。「彼らは事態が悪化しても溜まる決意をしているようだ。この反応は驚くべきものだ。たしかに原発に関する情報はばらばらだが、日本人は原発に対して一般的に敵意を持っており、危険性は知っている。学校ではみな広島と長崎を訪問する。原発建設は住民の敵意にぶつかる」「日本人のこの態度は、島国意識というもっと深くて無意識のもののようだ。やはり逃げるつもりのない80歳のスズコは言う。『日本のどこに行っても地震があるんだ』と」。

なぜ逃げないのかと質問して回るあたりがフランス人らしいが、なかなか的を射ており、日本人について表面的ではない理解の深さを感じさせる。
ただこの記事を読んでいても、自分で友人に説明していても、どこか違和感が生じるのは否めない。『ル・モンド』紙の別の記事では『Shikata ga nai』と大きくタイトルになっていた。あきらめ、どうしようもない、そんなものだ、仕方がない…。何かが変だと感じる。それは、地震や津波は天災だが、原発は人災ということから来る違和感ではないだろうか。
私にはっきりと「地震と津波が仕方がないのはわかるが、原発は違うだろう」と言ってきた人もいた。「なぜ被害を被った人がへりくだっているのか」と尋ねた人もいた。最初に紹介した記事で、「地震や津波に対する態度が存在するぶん、よけいに核事故に対して人々がどう反応するかわからない」とあったが、それはまさに天災と人災の違いを言っていたのではないか。


「日本人はなぜ逃げないのか」
世界が感嘆する日本人
海外メディアが報じた大震災後のニッポン より
《住宅設備部》金子 享平 選
 


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